
「使命を生きる」という死生観 ― ヴィクトール・フランクルに学ぶ【かんおけin体験者の話 #7】
編集部がお手伝いしている体験型施設「かんおけin」では、本物の棺桶に30分入った体験者の方に、ご希望があれば色紙に「あなたにとって生きるとは?」を書き残していただいています。




SHIKISHI GALLERY
色紙ギャラリーを見る ›ありがたいことに、これまで60人以上の方に色紙を記入いただきました。こうして並べて眺めると、書かれた言葉にいくつかのグループが浮かび上がります。
本シリーズ「かんおけin体験者の話」では、このグループを一つずつ取り上げ、それぞれに響き合う思想家を一人紹介していきます。シリーズ第七弾は 「使命を生きる」 グループ。色紙には「挑戦」「熱狂」「行動にうつす」が繰り返し登場します。本日は、このグループに響き合う思想家として、アウシュヴィッツ強制収容所を生き延びた20世紀の精神科医 ヴィクトール・フランクル と、彼が提唱した 「意味への意志」 を紹介します。
本記事で引用している色紙は、いずれもサイト掲載のご許可をいただいた方のものです。お気持ちが変わって取り下げをご希望の場合は、メールにてご連絡ください。
色紙に共通するトーン
「使命を生きる」グループの色紙には、はっきりした共通点があります。
まず 動詞が「動かす」側。「挑戦する」「行動にうつす」「生み出す」。受け取るのを待つのでも、感じるのでもなく、自分から世界に働きかける動詞が選ばれます。
次に 方向が外向き。「熱狂を 生み出す」「やりたいと閃いたことを行動に うつす」。自分の内側で完結せず、外の世界に何かを残そうとする構えです。
そして エネルギーの強度が高い。「!」が多用され、「熱狂」「挑戦」のような熱量の高い単語が選ばれる。生きることに対するスタンスが、明確に 能動・前傾 で書かれます。
挑戦して 楽しむこと!
やりたいと閃いたことを行動にうつす その繰り返し☆
熱狂を生み出す
書かれた瞬間、棺桶を出たばかり。30分の暗闇のなかで、自分の有限さに直面した直後に、書かれているのが「挑戦」「熱狂」だというのが、このグループの不思議なところです。
そしてこの三つの言葉は、80年前に強制収容所のなかで一人の精神科医が掴んだ洞察と、ほとんど重なります。
ヴィクトール・フランクル ― アウシュヴィッツを生き延びた精神科医
20世紀のウィーンに、ヴィクトール・E・フランクル(1905–1997)という精神科医がいました。
彼の生まれは恵まれていました。ウィーンのユダヤ人家庭に生まれ、医学を学び、若くして精神医学の世界で頭角を現します。フロイトやアドラーと文通する青年でした。30代で大学病院の女性自殺企図科の責任者になり、独自の治療理論を構築しはじめていました。
しかし1942年、ナチスがオーストリアを併合した数年後、フランクル一家は強制収容所に送られます。父・母・妻・兄、家族のほとんどが収容所で命を落としました。フランクル自身はテレージエンシュタット・アウシュヴィッツ・ダッハウなど四つの収容所を転々とし、3年後に解放されたとき、生き残ったのは妹一人と彼自身だけでした。
そんな彼が解放後にわずか9日間で書き上げたのが 『夜と霧』 (1946年、原題 ...trotzdem Ja zum Leben sagen「それでも人生にイエスと言う」)です。本のなかで彼は、何が収容所のなかで生き延びる人間と諦める人間を分けたのか を観察しています。彼の到達した結論はこうでした。
生きる意味があると信じている者は、どんな苦しみのなかでも生き延びる。
そして彼は、ニーチェのこの言葉を繰り返し引用します。
なぜ生きるかを知っている者は、ほぼあらゆるどのように生きるかにも耐えられる。
訳すれば、「自分が何のために生きているかを知っている人間は、ほとんどどんな状況でも耐えられる」。フランクル自身、収容所のなかで「解放されたら自分は精神医学の本を書き直す」「妻にもう一度会う」という未来の意味を握りしめて生き延びました。
家族のほとんどを失い、四つの収容所を転々とし、それでも自分の足で生還した男が書いた言葉です。だからこの一行は、軽くない。
「意味への意志」 ― 受け身の幸福ではなく、能動の意味
戦後、フランクルは自分の治療理論を ロゴセラピー(logos = 意味、therapeia = 治療)と名づけて体系化しました。彼の核心はこうです。
人間を動かす根本のエネルギーは、フロイトが言う「快楽への意志」でも、アドラーが言う「権力への意志」でもない。「意味への意志」(Wille zum Sinn)。自分の人生に意味を見いだしたいという欲求こそが、人間を最も深いところで動かしている、というのがフランクルの主張でした。
そして意味は、自分の内側を探しても見つからない。意味は 自分が世界に対して果たすべき何か(仕事・人間関係・苦しみへの態度)のなかにある、とフランクルは書きます。人生が自分に何を与えてくれるかを問うのではなく、人生が自分に何を求めているかを問え。質問の主語が逆になっているのです。
色紙の言葉にも、この構造はそのまま現れます。「挑戦して楽しむこと!」「やりたいと閃いたことを行動にうつす」「熱狂を生み出す」。いずれも自分の内側で完結する幸福ではなく、自分から世界に向けて何かを差し出す動き です。フランクルが言う「意味への意志」が、まさに色紙の動詞のなかに脈打っています。
そしてもう一行。
熱狂を生み出す
ここで使われている 「生み出す」 という動詞は、フランクルが言う 「創造価値」(仕事や行為を通じて世界に何かを生み出すことで意味を実現する)と直結します。フランクルは意味の実現方法を3つに分けました。創造価値(つくる)・体験価値(味わう)・態度価値(苦しみへの態度を取る)。色紙の「熱狂を生み出す」は、このうち 創造価値 をそのまま指しています。
棺桶の中で起きていること
「使命を生きる」は、頭で理解するものではありません。フランクル自身が、家族を失い、四つの収容所を生き延び、解放後の人生を「もう一度精神医学を立て直す」という意味とともに歩いた経験を、ロゴセラピーという理論に削ったものです。
棺桶の30分も同じです。蓋が閉まり、視覚が遮られ、思考が減速していく。そのとき手元には何もありません。それなのに、出てきた人が真っ先に書く言葉が「挑戦」「熱狂」「行動」だというのは、どういうことでしょうか。
ひとりになって、自分に残された時間の有限さが身体に降りてくる。この有限な時間で、自分は世界に何を差し出して死ぬのか。フランクルが言う「人生が自分に何を求めているか」という問いが、棺桶のなかで一気に切実になります。
そこから出てきた方が、迷わず能動の動詞を選ぶ。「挑戦する」「行動にうつす」「生み出す」。80年前にフランクルがアウシュヴィッツのなかで掴んだものを、東京の棺桶のなかで30分かけて再発見している。
人類はずっとこれを繰り返してきたのだと思います。
よくあるご質問

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