生きるための死生学立ち止まって、よりよく生きる
2026.02.24philosophy

「愛するということ」という死生観 ― エーリッヒ・フロムに学ぶ【かんおけin体験者の話 #4】

編集部がお手伝いしている体験型施設「かんおけin」では、本物の棺桶に30分入った体験者の方に、ご希望があれば色紙に「あなたにとって生きるとは?」を書き残していただいています。

ありがたいことに、これまで60人以上の方に色紙を記入いただきました。こうして並べて眺めると、書かれた言葉にいくつかのグループが浮かび上がります。

本シリーズ「かんおけin体験者の話」では、このグループを一つずつ取り上げ、それぞれに響き合う思想家を一人紹介していきます。シリーズ第四弾は 「愛するということ」 グループ。色紙には「愛し愛される」「大切にする」「善く生きる」が繰り返し登場します。本日は、このグループに響き合う思想家として、ナチスから逃れて新大陸に渡った20世紀の社会心理学者 エーリッヒ・フロム と、彼が1956年に書いた 『愛するということ』 を紹介します。

本記事で引用している色紙は、いずれもサイト掲載のご許可をいただいた方のものです。お気持ちが変わって取り下げをご希望の場合は、メールにてご連絡ください。

色紙に共通するトーン

「愛するということ」グループの色紙には、はっきりした共通点があります。

まず 「愛」という単語そのものが選ばれている。「人」「仲間」「縁」のように関係の側からなぞるのではなく、関係の中身を「愛」と名指す。隣のグループ(#3「他者と共にある」)と一見近いのですが、抽象度が違います。

次に 動詞が「能動」。「愛し愛される」「大切にする」「善く生きる」。受け取るのを待つのではなく、自分から動かす動詞が選ばれます。

そして 時間が長い。「最期に」「毎日毎日」。一瞬の感情ではなく、一生をかけて続ける営みとして書かれます。

愛に満ち 愛にあふれ 愛し愛されるって

プレゼント たくさんの人の愛や 美しい景色に出会える

最期に「生きていてよかったな」と思えるよう、自分を大切に、そして他の人も大切にしながら、毎日毎日を善く生きることです。

書かれた瞬間、棺桶を出たばかり。30分の暗闇のなかで、自分の体ひとつと向き合ったあとで、書かれているのが「愛」だというのが、このグループの不思議なところです。

そしてこの三つの言葉は、70年前にニューヨークで一人の社会心理学者が書いた一冊と、ほとんど重なります。

エーリッヒ・フロム ― ナチスから逃れた男が書いた一冊

20世紀の半ば、ニューヨークに エーリッヒ・フロム(1900–1980)という社会心理学者がいました。

彼の生まれは恵まれていたとは言えません。ドイツ・フランクフルトのユダヤ人家庭に生まれ、ハイデルベルク大学で社会学の博士号を取り、フランクフルト学派の研究所で精神分析と社会理論を学びます。しかし1933年、ナチスが政権を取ると、ユダヤ人であった彼は研究所ごとアメリカへ亡命せざるを得なかった。故郷を追われ、母語を捨て、新大陸でゼロから言葉を立て直した男です。

亡命先のアメリカでは、ナチズムを生んだ社会心理を分析した『自由からの逃走』(1941) で名を上げます。「人はなぜ自由を手にしたはずなのに、進んで権威に服従してしまうのか」。故郷で起きた悲劇を生んだメカニズムを、彼は社会心理学の言葉で解き明かそうとしました。

そんな彼が、56歳のときに書いたのが 『愛するということ』(原題 The Art of Loving、1956)です。社会の暴力を見つめてきた男が、なぜ「愛」だったのか。本のなかで彼はこう書きました。

愛は技術である。それは、生きることが技術であるのと同じ意味において、技術である。

訳すれば、「愛は 技術(art) である。生きることが技術であるのと同じ意味で」。愛は落ちてくるものではなく、習得するものだ。これが彼の出発点でした。

ナチスを生んだ社会を分析し、人が自由から逃げて権威に服従する構造を見抜いた男が、最後にたどり着いたのが「愛は技術である」という一行です。だからこの一行は、軽くない。

「落ちる愛」ではなく「能動的な愛」 ― フロムが言いたかったこと

『愛するということ』の核心は、愛を「受け身の感情」から「能動的な行為」に置き換えたことにあります。

英語の "fall in love"(恋に落ちる)も、日本語の「恋に落ちる」も、愛を 落ちてくる出来事 として描きます。フロムはここに異議を唱えました。落ちてくる愛は、相手が変われば消える。気分が変われば終わる。それは愛ではなく「ときめき」だ と彼は書きます。

彼が描いた愛は逆方向です。「愛するということ」は 自分から相手の生命と成長に関わっていく能動的な行為。その営みには4つの要素がある、とフロムは挙げました。

  1. 配慮(care) / 相手の生命と成長を気にかける
  2. 責任(responsibility) / 相手の必要に応える用意がある
  3. 尊重(respect) / 相手をその人のまま見る(自分の都合で曲げない)
  4. 知(knowledge) / 相手を表面ではなく本質まで知ろうとする

色紙の言葉にも、この4つの要素はそのまま現れます。「最期に『生きていてよかったな』と思えるよう、自分を大切に、そして他の人も大切にしながら、毎日毎日を善く生きることです」(配慮と責任と尊重を、毎日続ける構え)。「愛し愛される」も同じです。一方通行ではなく、双方向に能動である関係。

そしてもう一行。

プレゼント たくさんの人の愛や 美しい景色に出会える

ここで使われている 「プレゼント」 という言葉は、フロムが本のなかで強調した 「与えること(giving)」 と直結します。フロムは書いています。愛するとは、自分のなかにあるもの(喜び・関心・理解・知識)を相手に与えることだ。与えることそれ自体が、最も豊かな喜びである と。受け取るために愛するのではなく、与えるから受け取れる。色紙の「プレゼント」は、まさにこの構造をなぞっています。

棺桶の中で起きていること

愛は、頭で理解するものではありません。フロム自身が、亡命と母語喪失と新大陸での再出発を経て、体で掴んだ実感を一冊に削ったものです。

棺桶の30分も同じです。蓋が閉まり、視覚が遮られ、思考が減速していく。そのとき手元には誰もいません。それなのに、出てきた人が真っ先に書く言葉が「愛」「大切にする」「プレゼント」だというのは、どういうことでしょうか。

ひとりになって、自分の生命の有限さが身体に降りてくる。残された時間で誰に何を与えたいか、誰を大切にしたいかが、一気に前景化する。フロムの言う「能動的な愛」は、こういう瞬間にこそ起動するものなのだと思います。

そこから出てきた方が、迷わず能動の動詞を選ぶ。「愛し愛される」「大切にする」「善く生きる」。70年前にフロムがニューヨークで一冊にまとめたものを、東京の棺桶のなかで30分かけて再発見している。

人類はずっとこれを繰り返してきたのだと思います。

よくあるご質問

かんおけinの室内

ABOUT KANOKE-IN

棺桶に、入ってみませんか。

かんおけinは東京・高田馬場の瞑想空間です。本物の棺桶に30分。ご自身の時間と静かに向き合えます。

関連記事