
「今を生きる」という死生観 ― ホラティウスに学ぶ【かんおけin体験者の話 #1】
編集部がお手伝いしている体験型施設「かんおけin」では、本物の棺桶に30分入った体験者の方に、ご希望があれば色紙に「あなたにとって生きるとは?」を書き残していただいています。




SHIKISHI GALLERY
色紙ギャラリーを見る ›ありがたいことに、これまで60人以上の方に色紙を記入いただきました。こうして並べて眺めると、書かれた言葉にいくつかのグループが浮かび上がります。
本シリーズ「かんおけin体験者の話」では、このグループを一つずつ取り上げ、それぞれに響き合う思想家を一人紹介していきます。シリーズ第一弾は 「今を生きる」 グループ。およそ3枚に1枚に「今」「楽しむ」「一瞬」が登場します。本日は、このグループに響き合う思想家として、古代ローマの詩人 ホラティウス と、彼が遺した一行 「カルペ・ディエム(日を摘め)」 を紹介します。
本記事で引用している色紙は、いずれもサイト掲載のご許可をいただいた方のものです。お気持ちが変わって取り下げをご希望の場合は、メールにてご連絡ください。
色紙に共通するトーン
「今を生きる」グループの色紙には、はっきりした共通点があります。
まず 言葉が短い。「楽しむこと」「愉しむこと」と四文字で言い切る。「ここにいること。」と六文字で完結する。長く論じる必要がない、という構えです。
次に 力みがない。選ばれているのは「がんばる」「成し遂げる」ではなく、「感じる」「触れる」「楽しむ」。受け取る側の動詞です。
そして 時間感覚が細かい。「一瞬一瞬」「1秒、1分」と刻まれる。普段は「来週まで」「今月中に」で流れる時間が、棺桶の30分を経て、別の単位に切り替わっています。
"今を生きる"こと。大丈夫.大丈夫.
一瞬一瞬を精一杯、生きて過ごす事。
ここにいること。
書かれた瞬間、手元には何もありません。30分の体験が、そのまま短い文字に流れ込んだだけです。
そしてこの三つの言葉は、2000年前の古代ローマで一人の詩人が遺した一行と、ほとんど重なります。
ホラティウス ― 奴隷の息子が遺した一行
紀元前1世紀のローマに、クィントゥス・ホラティウス・フラックス(紀元前65–8年)という詩人がいました。
彼の生まれは恵まれていません。父は南イタリアの解放奴隷。それでも父は息子に教育を受けさせるためにローマへ送り、さらにアテネにまで留学させた。ホラティウスはそこで哲学と詩を学びます。
学業の途中、共和制ローマが内戦で揺れます。ホラティウスは共和派の軍に加わり、フィリッピの戦いで敗走する。財産を失い、ローマに戻ったときには、職を求めて役所の書記から始めるしかなかった。
そんな彼を見出したのが、皇帝アウグストゥスの側近 マエケナス でした。マエケナスはホラティウスにサビーニの丘の小さな農園を贈ります。葡萄畑と泉と、数人の小作人。ホラティウスはここで詩を書き続けました。
『歌集』第一巻第十一歌は、その農園の暮らしの中で書かれた短い詩です。レウコノエという女性に語りかける形で、ホラティウスはこう書きました。
占いに頼ってはいけない。明日のことを問うのはやめなさい、レウコノエよ。神々が私たちに与える日々があといくつなのかは誰にもわからない。…葡萄酒を漉して、長い希望を短く切り詰めなさい。話している間にも、嫉み深い時は逃げていく。日を摘み取りなさい。明日を信じすぎないように。
最後の一行のラテン語が carpe diem(カルペ・ディエム)。直訳すれば「日を摘め」。
奴隷の息子に生まれ、内戦で敗走し、すべてを失ったあとに小さな農園で葡萄酒を漉している男が書いた言葉です。だからこの一行は、軽くない。
カルペ・ディエムの裏側 ― メメント・モリ
カルペ・ディエムには、必ず裏側があります。メメント・モリ(死を想え) です。
ホラティウスの詩の中で、カルペ・ディエムは単独で出てきません。「神々が私たちに与える日々があといくつなのかは誰にもわからない」。この前置きとセットで現れる。
死がいつか必ず来ると知るからこそ、今日に手を伸ばす。明日が約束されていないと知るからこそ、葡萄酒を漉す手元の時間が際立つ。死の自覚が、今を立ち上げる。 これがカルペ・ディエムの構造です。
棺桶を出た方が「一瞬一瞬を精一杯」と書く。「"今を生きる"こと。大丈夫.大丈夫.」と二度繰り返す。ここで起きているのは、まさにメメント・モリ(棺桶の30分)がカルペ・ディエム(色紙の言葉)を呼び起こす運動です。場所も時代も言葉も違うのに、構造はホラティウスの詩と同じです。
棺桶の中で起きていること
カルペ・ディエムは、頭で理解するものではありません。ホラティウス自身が、敗走と困窮と農園の暮らしを経て、身体で掴んだ実感を一行に削ったものです。
棺桶の30分も同じです。蓋が閉まり、視覚が遮られ、思考が減速する。これは「いつもの時間の流れから抜け出す」ための、最もシンプルな身体的装置です。
そこから出てきた方が、迷わず短い言葉を選ぶ。「今を生きる」。「一瞬一瞬」。「ここにいる」。2000年前のローマの農園でホラティウスが葡萄酒を漉しながら掴んだものを、東京の棺桶の中で30分かけて再発見している。
人類はずっとこれを繰り返してきたのだと思います。
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