生きるための死生学立ち止まって、よりよく生きる
2026.03.10philosophy

「自然と一つになる」という死生観 ― 西行に学ぶ【かんおけin体験者の話 #6】

編集部がお手伝いしている体験型施設「かんおけin」では、本物の棺桶に30分入った体験者の方に、ご希望があれば色紙に「あなたにとって生きるとは?」を書き残していただいています。

ありがたいことに、これまで60人以上の方に色紙を記入いただきました。こうして並べて眺めると、書かれた言葉にいくつかのグループが浮かび上がります。

本シリーズ「かんおけin体験者の話」では、このグループを一つずつ取り上げ、それぞれに響き合う思想家を一人紹介していきます。シリーズ第六弾は 「自然と一つになる」 グループ。色紙には「季節の移ろい」「空気を感じる」「感じる」が繰り返し登場します。本日は、このグループに響き合う思想家として、平安末期に北面武士の身を捨てて諸国を歩いた歌僧 西行 と、彼の歌をまとめた 『山家集』 を紹介します。

本記事で引用している色紙は、いずれもサイト掲載のご許可をいただいた方のものです。お気持ちが変わって取り下げをご希望の場合は、メールにてご連絡ください。

色紙に共通するトーン

「自然と一つになる」グループの色紙には、はっきりした共通点があります。

まず 対象が「自分の外」。「季節」「空気」「移ろい」。自分の内面の感情でも、人との関係でもなく、自分を取り巻く自然そのものに向かいます。

次に 動詞が「感じる」。「触れる」「感じる」「移ろう」。考えるのでも、つくるのでも、所有するのでもなく、ただ知覚として受け取る動詞が選ばれます。

そして 時間の単位が遅い。「季節の移ろい」「空腹を感じ、空気を感じる」。一瞬ではなく、ゆっくり巡るリズムに身体を合わせる構えです。

季節の移ろいに触れること

空腹を感じ、空気を感じること。

感じること

書かれた瞬間、棺桶を出たばかり。30分の暗闇のなかで、自分の感覚だけが残ったあとに、書かれているのが「自然」だというのが、このグループの不思議なところです。

そしてこの三つの言葉は、900年前に陸奥から四国まで自分の足で歩いた一人の歌僧が詠んだ歌と、ほとんど重なります。

西行 ― 北面武士を捨てて諸国を歩いた歌僧

平安末期、西行(1118–1190)という歌僧がいました。

彼の生まれは恵まれていました。本名は佐藤義清(さとう のりきよ)、武家の名門に生まれ、若くして 鳥羽院の北面武士(上皇の身辺を警護するエリート武官)に取り立てられます。和歌・蹴鞠・武芸に秀で、宮廷で将来を嘱望された青年でした。

しかし23歳のとき、彼は突然出家します。妻も、幼い娘も、武士としての地位も、すべて捨てて。理由ははっきりとは伝わっていませんが、親しい友人の死、宮廷で見た権力闘争への嫌気、平安末期の世相、さまざまな要因が重なったと言われています。出家後の彼は、京都・嵯峨や吉野・高野山に庵を結び、陸奥(東北)から四国まで自分の足で歩き、行く先々で歌を詠みつづけました

そんな彼が生涯に詠んだ歌は2,000首を超え、自選の家集 『山家集』 にまとめられています。代表的な一首はこれです。

願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃

訳すれば、「願わくは、桜の花の下で春に死にたい。あの陰暦二月の満月の頃に」。桜と月という、彼が生涯詠みつづけた二つの自然の極致のなかで死を迎えたい。そう願ったとおり、西行は本当にそれを叶えます。1190年、陰暦二月十六日(満月の翌日)、河内の弘川寺で、桜の咲く季節に、彼はこの歌の通りに息を引き取りました。

エリート武官の地位を23歳で捨て、桜と月だけを伴侶として生涯歩きつづけた男が詠んだ歌です。だからこの一首は、軽くない。

「感じる」 ― 西行が極めた自然との一体化

西行の歌の核心は、自然を眺めるのではなく、自然と一体になっている ところにあります。

平安貴族の和歌は、屋敷の御簾のなかから自然を眺めて詠むのが主流でした。桜が咲いた、月が美しい、雪が積もった、と。風景はあくまで「向こう側」にあるものでした。西行はここから一歩踏み出した。自分の体を桜の下に置き、月を仰ぐ場所まで自分で歩いていく。歌は、その身体ごと自然のなかに入っていった人間の口から、ぽつりと漏れる言葉として詠まれます。

代表的なもう一首はこれです。

心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ

訳すれば、「(出家して心の動きを離れたはずの)我が身にも、しみじみとした情趣が知られた。鴫が飛び立つ沢の、秋の夕暮れに」。出家して感情から離れたはずの自分が、それでも自然の前では心が動く。自然は、人の意志とは関係なく、こちらの内側を動かしてくる。これが西行の発見でした。

色紙の言葉にも、この構造はそのまま現れます。「季節の移ろいに触れること」「空腹を感じ、空気を感じること」「感じること」。自然を所有するのでも、利用するのでもなく、自然のリズムに自分の身体を合わせて、ただ感じる 構えです。西行が900年前に歩きながら詠んだことを、棺桶のなかで30分かけて再発見しているのです。

そしてもう一首、彼の有名な歌を引きます。

何事の おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

訳すれば、「ここに何の神様がいらっしゃるかは知らないけれど、ありがたさに涙がこぼれる」。これは伊勢神宮を参拝したときの歌と伝えられます。理屈ではなく、自然のなかにいるだけで体が動く。そんな西行が生涯かけて磨いた感受性の極致が、この一首に凝縮されています。

棺桶の中で起きていること

「感じる」は、頭で理解するものではありません。西行自身が、北面武士の地位を捨て、陸奥から四国までを自分の足で歩き、桜と月のなかで身体ごと自然に入っていった経験を、歌に削ったものです。

棺桶の30分も同じです。蓋が閉まり、視覚が遮られ、思考が減速していく。そのとき残るのは、自分の呼吸と、皮膚の感覚と、空気の温度 だけです。それなのに、出てきた人が真っ先に書く言葉が「季節」「空気」「感じる」だというのは、どういうことでしょうか。

ひとりになって、視覚から入ってくる情報が遮断される。日常では視覚が支配していた感覚の階層が崩れて、普段は背景に退いている皮膚感覚や呼吸が前に出てくる。30分後に蓋が開き、外気に触れた瞬間、季節そのものが体に流れ込んでくる。これは西行が桜の下で詠んでいたものと、構造として同じです。

そこから出てきた方が、迷わず感覚の動詞を選ぶ。「触れる」「感じる」「移ろう」。900年前に西行が陸奥から四国まで歩きながら掴んだものを、東京の棺桶のなかで30分かけて再発見している。

人類はずっとこれを繰り返してきたのだと思います。

よくあるご質問

かんおけinの室内

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かんおけinは東京・高田馬場の瞑想空間です。本物の棺桶に30分。ご自身の時間と静かに向き合えます。

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